一泊旅行
日帰り旅行の制約
自宅をスタート地点として旅行を考えた場合、日帰り旅行の範囲は自ずと限られます。単に自宅から他地域まで日帰りで移動するということだけを目的とすれば、移動可能な範囲はかなり広がります。例えば、大阪や東京を起点にした場合、飛行機や新幹線を使えば、ほとんどの都道府県が移動可能ということになります。
旅行においては、そうはいきません。ただ単に観光地を踏んできたというだけでは意味がありません。旅行の目的は人によって違うと思いますが、日常の疲れを癒しリフレッシュしたり、知的好奇心を満たしたり、その主要な観光スポットを回ったりといったことをするためには、多かれ少なかれある程度の時間は必要です。
日帰り旅行で観光の時間を多く確保するためには移動時間をなるべく少なくするしかありません。家を出てから帰宅するまでの、日帰り旅行の行動時間を12時間として、その半分の6時間を観光時間に充てるとすると、移動時間は片道3時間です。この片道3時間には自宅から出発駅への移動時間、到着駅から観光地までの移動時間、電車の乗り換えや待ち時間などが含まれます。飛行機の場合、更に乗り降りのタイムロスがありますからこの時点で飛行機での日帰り旅行がどれだけ無謀なことかわかります。居住地が新幹線駅に近い場合、新幹線を使って日帰り旅行をすればかなり遠方まで旅行対象になり得るのは事実です。片道3時間ということであれば、新大阪から博多あるいは東京から盛岡という範囲まで旅行可能です。そこから博多駅や盛岡駅の市街地散策ということであれば、残りの6時間強で十分間に合いますが、そこから更に観光地を巡るということになると、結局また移動時間がかかりますし、何より実質観光時間6時間の日帰り旅行のために、往復新幹線料金に一人3万円前後のコストをかけることに疑問が残ります。
一泊旅行の場合
一泊旅行の場合、当然宿泊費が発生します。しかし、一泊旅行は日帰り旅行よりも実質観光時間は格段に増えます。前例に合わせ、1日の行動時間を12時間、片道移動時間を3時間とすると、1日当たり9時間、2日間で18時間もの実質観光時間が生み出されます。ここでは宿泊費を仮に一泊15,000円としましょう。宿泊費という追加料金を払うことによって、12時間の実質観光時間を獲得できると考えることもできます。日帰り旅行と一泊旅行の実質観光時間の関係を前例に従い単純化すると以下のようになります。
日帰り旅行:経費30,000円(新幹線代)実質観光時間6時間
一泊旅行:経費45,000円(新幹線代+宿泊費)実質観光時間18時間
一泊旅行の経費は確かに1.5倍になりますが、日帰り旅行の3回分の実質観光時間を得ることができます。一泊旅行の場合、それに加えて旅館・ホテルの食事やサービスを受けられますし、宿泊地でのくつろいだ時間を楽しめますので、両者の差は歴然としています。2泊3日旅行となると更にこの差は大きくなりますが、日帰り旅行と一泊旅行の差ほどではありません。
ここでは長距離の新幹線移動という極端な例をあげましたが、在来線の近距離移動などのケースを考えると経費の面は格段に安くなるので、日帰り旅行も十分価値があります。ただ、実質観光時間の面で、日帰り旅行と一泊旅行で大差があるのはどのようなケースでも同じです。
一泊旅行に適した観光地
前節では移動時間片道3時間と仮定しました。移動時間は短いに越したことはありませんが、あまり自宅から近すぎると自分の生活圏内と環境があまり変わらず、旅行の新鮮味が失われます。逆に移動時間が長くなると、観光可能時間が短くなるのはもちろんですが、移動の労力も無視できません。長時間の移動は、気力体力を奪われます。片道3時間という移動時間は、日帰り旅行と一泊旅行を比較するために、私が勝手に考えたものですが、一概に的外れとは言えない時間です。
関東地方の大部分は平野部で、その大半は都市、住宅街、田畑のいずれかです。かつて明治時代の文豪、国木田独歩や大町桂月らが愛した武蔵野は、広大な関東平野に広がる樹林帯のようですが、現在においては残念ながらそのような光景は、ほとんど目にすることはできません。
関東都市部に住む人にとっては、これらの見慣れた景色から一歩踏み出したいと思うのは当然だと思います。現に旅行会社のバスツアーなどでも人気があるのは、平野部を離れたものです。人気のある観光地、例えば箱根、日光、鎌倉、房総半島、群馬の各温泉地などはいずれも山に囲まれています。これらの地域は宿泊施設にも恵まれ一泊旅行の代名詞のようになっています。一方このページで挙げる長瀞は、それらの観光地より近いため日帰り観光地のように思われています。
日帰り旅行先としての長瀞
確かに長瀞は日帰り観光地として優れています。首都圏人口密集地帯からの近さ、移動手段の利便性を考えれば、先ほど例で挙げた日帰り旅行での観光可能時間6時間より長い時間を、多くの人が日帰り観光できるはずです。もちろん近さというのはどこを起点とするかによって異なります。東京の北千住を起点する日光、新宿を起点とする箱根湯本は2時間ほどで到着しますので、池袋を起点とする長瀞とそう変わりはありません。日光や箱根の場合、駅から主要景観スポットまで更に移動しなければなりません。日光の主要景観スポットは中禅寺湖や華厳の滝です。日光駅からバスに乗り換え1時間程余分にかかります。箱根の主要景観スポットは大涌谷や芦ノ湖、仙石原などですが、こちらも箱根湯本から登山鉄道、ケーブルカー、ロープウェイなどを乗り継ぎ煩雑なうえ時間もかかります。
長瀞であれば簡単です。長瀞駅から主要景勝スポット「長瀞岩畳(ながとろいわだたみ)」まで徒歩5分です。
長瀞岩畳そして長瀞旅行の特徴として、秩父鉄道の長瀞駅周辺に多くの旅行スポットが集中していることがあります。これは短い時間でも、多くの旅行スポットをまわることができることを意味します。長瀞駅から徒歩圏内の旅行スポットを羅列してみます。
長瀞駅から旅行スポットまでの徒歩所要時間
長瀞岩畳(5分)
宝登山ロープウェイ(18分)
宝登山神社(12分)
岩畳商店街(1分)
長瀞花の里ハナビシソウ園(9分)
長瀞町郷土資料館(9分)
埼玉県立自然の博物館(15分)
月の石もみじ公園(12分)
虎岩(15分)
野土山桜の里(11分)
金石水管橋(18分)
これ以外にも長瀞駅徒歩圏内に多くの観光スポットが密集しています。それにも関わらず長瀞駅徒歩圏内の宿泊施設は数えるほどしかなく、大型ホテルなどは一軒もありません。これだけの観光スポットがありながら、宿泊施設が少ないというのは、いかに日帰り客の割合が多いかということを示しています。
日帰り旅行地長瀞で一泊することによって得られるもの
旅行に賑やかさやエキサイティングなものを求めるひともいれば、ひっそりと一人で旅をしたいという人もいると思います。基本、関東圏の観光地は土日になれば人が多く、なかなか静けさを求めることは難しいようです。
長瀞も土日はやはり人が多く、静けさというのは無理がありますが、周囲を山に囲まれ、美しい清流が流れる環境に自らを置くと、こころ落ち着くことを感じます。
日帰り旅行地として人気の高い長瀞は、土曜日曜日や祝日などは当然人が多くにぎやかです。旅行に静寂を求める人にとって、これはマイナスポイントでしょう。これは長瀞独特の特徴ですが、日帰り客がまだ到着していない早朝は人が少なく、9時頃から徐々に人が増え始め、昼過ぎをピークに夕方に向かい徐々に人が減り、夕方には元の静寂を取り戻します。
長瀞駅周辺には数軒の旅館があり、もちろん土日は一泊する人も多いのですが、早朝や、日帰り客が帰った夜間は、土日とはいえ、静寂を感じることができるでしょう。
長瀞の宿に一泊し、夜や早朝の長瀞の岩畳に腰を下ろしてみると、違う趣を感じることができます。長瀞が観光地として認知されたのはせいぜい数百年のことです。人のいない静寂こそが長瀞の本来の姿といえます。これは宿泊旅行が常態となった他の観光地にはない特徴と言えます。日帰り旅行客が帰った後の静寂。これこそが、長瀞に一泊することによって得られる最も貴重なものです。
一泊旅行地としての長瀞の魅力
長瀞の河岸にある月の石もみじ公園には、宮沢賢治の読んだ歌碑があります。
”つくづくと「粋なもやうの博多帯」荒川ぎしの片岩のいろ”
宮沢賢治のほか、若山牧水、高浜虚子といった有名な歌人も歌を詠んだ場所であり、長瀞の処々に歌碑があります。その時代から長瀞は観光地として知られてはいましたが、宮沢賢治が長瀞を訪れた主目的は旅行ではありません。なんと地質調査のためというから驚きです。当時の長瀞は日帰りで来れるような場所ではなく、何日もかけて長瀞に訪れ地質を調査したのです。宮沢賢治は児童文学や詩人、歌人としては有名ですが、地質学に興味を持っていたことはあまりしられていません。賢治は幼少期より地質学に興味を持ち、文学と並行して専門家並みに地元岩手県を中心に地質学の研究をしていたそうです。
長瀞は日本地質学発祥の地とも呼ばれ、日本の最も早い時期に地質学の研究がされていた場所です。これが宮沢賢治が吸い寄せられたように長瀞に足を運んだ理由です。そしてその長瀞で目にした景観は宮沢賢治文学に影響を及ぼしたのは間違いないでしょう。
宮沢賢治の歌碑のある月の石もみじ公園の向かいには埼玉県立自然の博物館があります。日本には無数の博物館がありますが、県立の自然博物館はそう多くはありません。長瀞は単に奇岩の連なる景勝地というだけではありません。長瀞の景観は地殻変動によって地表に表出した遥か古い年代の岩石によって形成されています。このような長瀞の隠された魅力を知るためには、長瀞エリアの二つの県立博物館を見学するのが最も近道です。自然の博物館だけであれば、日帰りでも十分見学できますが、長瀞旅行にもう一つの県立博物館、寄居町の川の博物館も組み入れるとなると、どうしても一泊は必要になります。
埼玉県立「川の博物館」この2つの博物館を見ると、長瀞や秩父の過去の全体像が見えてきます。関東平野が海の底にあった時代、ちょうど長瀞や秩父盆地が入り江になっていました。そしてそれは現代においては存在しない束柱目という種類の大型哺乳類パレオパラドキシアがこの地で繁栄していました。パレオパラドキシアが生息した時代の古秩父湾を体感するのであれば、宝登山ロープウェイに乗り宝登山の山上からの景観で想像することができます。宝登山は雲海で有名ですが、雲海は簡単には見れません。ロープウェイの始発は9時40分ですので、それでは雲海の多く見られる早朝には間に合わないと言えます。長瀞で一泊し、早朝麓から徒歩で登山する必要があります。
長瀞のロープウェイ一泊旅行で、二日間を最大限に使う長瀞観光
土日で遠方への一泊旅行は慌ただしいものです。車の運転に疲れ、到着したらホテルで休むだけ、朝起きたら早速チェックアウトの準備で、帰りは渋滞に巻き込まれ家に着くのは夜遅くで、次の日は仕事に行かなくてはならない。そんな旅行はしたくないものです。一泊2日の旅行のつもりが、一泊0日の旅行といっても良いかもしれません。長瀞での一泊旅行であれば、そのような心配は無縁で、2日間を最大限に活かした旅行が可能です。
自動車での長瀞一泊旅行
例えば東京から車での移動の場合、練馬インターチェンジから関越道を一時間弱の走行で最寄りの花園インターチェンジにつくことができます。
花園インターチェンジからは約30分です。早朝に発てば、朝の内から長瀞観光をできます。長瀞は見どころが比較的コンパクトにまとまった観光地です。一泊すれば丸々2日間を観光にあてられます。駐車料金などが気になるところですが、長瀞の宿泊施設によっては、宿泊の前後は旅館の駐車場に車を置きっぱなしにしても良いところもあります。駐車料金を節約するなら、そうした旅館に車を置いたまま、全て徒歩などで観光するという選択肢もあります。しかし、自動車旅行のメリットを活かすならば、やはり徒歩で行きずらい場所に車で行くべきでしょう。
一泊2日で何もしないのも長瀞ならではの過ごし方
長瀞にはライン下りや宝登山ロープウェイ、寺社巡りなど定番のものもありますが、あえて何もせず、ぶらぶらと散歩したり、買い物をしたり、ホテルで窓の外を眺めていたり、というのも充実した時間の過ごし方だと思います。
関東の方にとっては何回でも気軽に来れる場所ですから、無理に詰め込まず、気の向くままに行動するのがよいと私自身は思っています。
世の中の多くのサラリーマンにとって土日の2連休は毎週巡ってくる、なんてことの無い日常ですが、全てが一泊2日旅行になりえる貴重なものであると思います。所用や行事、無駄に時間を過ごすなどして、土日の片方でも、削ってしまうとその一泊2日旅行のチャンスは泡と化してしまいます。
予定の無い土日はだいぶ前から、無理やり一泊2日のひとり旅の予定にしておくという方法もあります。そうすれば、その土日を空けるために、事前にできる雑務を片付けてしまったり、無駄な付き合いを断ったりということがしやすくなります。長瀞の一泊旅行は、そんな時に最適です。長瀞についてしまえば、後はリフレッシュしたり疲れをとったりできる自分の時間が十分とれるのですから。あとは、観光するも良し、宿泊先でのんびりするも良し、何にも邪魔をされずしたいことができます。